正しく心地よい言葉で伝える
奈良県民のくせに、わたしは播州のそうめん…商品名でいうと「揖保乃糸」を好んで食べる。 単純に、奈良の三輪そうめんとくらべて麺がガツッと太くて、食べたときの満足感があるからだ。
播州のそうめんは、業務スーパーかどこかで適当に手にとっていた。それはきっかけに過ぎず、以来わたしは播州のそうめんを「選択」している。 わたしが播州のそうめんばかり食べていたって、なんにもおかしくなんてない。
言葉だってそうであるはず、ではなかった。
わたしの話す方言のベースは「関西弁(正確には奈良弁)」である。 東京など他の場所に行っても標準語で話せないぐらい、しっかりと心身に根づいている。
ところが、友人や同僚、ラジオなどのパーソナリティが話す言葉がうつってしまうようで、それが心地よいとついつい使ってしまうようで、方言がごった煮となり、たまに「茶鏡さん、どこ出身?」と聞かれてしまう始末。
自分が自分にとって、心地の良いイントネーションやニュアンスを「選択」してとりいれて、「オレ弁」を作ってしまうのはおかしい?
……おかしいというか、自分はそれでよくても、言葉は「相手に伝わらない」リスクがある。「オレ弁」を通り越して「オレ語」になってしまったら、ややこしい。たまにわたしはほんとうに「オレ語」を作ってしまう。
日本語話者の相手に伝えるには、できるだけ正しい日本語を使い、なにより、読み手に合わせて、できるだけ心地よい言葉を「選択」する。
それがいまのわたしには、可及的速やかに必要な能力なのだ。 当たり前のことで恥ずかしいけれど、自分にとって心地よい言葉と、読み手にとって心地よい言葉は、ちがう。
そのために、わたしは新たに「 茶鏡のブログリターンズ 」を開設することにした。 広告が煩わしいが、スマホはもちろん、未検証だけど一応iPadで記事がかけるらしく、なにより管理が楽なので、はてなブログを3年ぶりを使ってみることにする。
ASD当事者のカラフル?なる日常や、高齢フリーター、芸術家としての暮らしを通して、考えや思いをアウトプットできる場にしていきたいと考えている